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横浜地方裁判所 昭和34年(ワ)461号 判決

横浜銀行

事実

原告桃井銈次は昭和三十四年一月三十日破産宣告を受けた有限会社持田工務所の破産管財人である。

ところで、破産会社は、昭和三十三年春頃から債務超過および支払可能の財産状態になつたが、その代表取締役持田巧治は同年六月二十七日神奈川県から破産会社に対する県課長公舎の新築工事代金の清算金四百四十三万円を受領した後、被告横浜銀行本牧支店において、右代金全額を破産会社の当座預金の口座に振り込んだが、持田は同日被告銀行本牧支店長渋谷良雄との合意により、被告銀行との間の定期預金四口元利合計金二十万三千七百十七円、月掛定期積金一口元利合計金六万六千四百二円、普通預金一口元利合計金一万九千八百二十一円及び当座預金残高金二百十二万千六百三十七円を全部解除し合計金二百四十一万五百七十七円の払戻を受け、更に被告銀行において、被告銀行に対する何れも支払期昭和三十三年六月十日なる同年五月二日附金五十万円及び同月十日附金八十万円各一口並に何れも支払期同年六月二十日なる同月四日附金十一万円、同月六日附金五十四万円、同月九日附金十二万五千円及び同月十日附金二十二万五千円各一口の手形借受金合計二百三十万円の支払をした。

しかしながら、右行為は持田が破産債権者を害することを知つてなしたものであり、破産法第七十二条第一号の場合に該当する。仮りに、持田に債権者加害の認識がなかつたとしても、持田の被告銀行との間の預金契約の解除は支払停止に該当し、破産会社の前記弁済はその後になされたものであり、被告銀行は右支払停止の事実を知つていたから、本件は同法条第二号の場合に該当する。

よつて原告は、破産財団のため右弁済引受を否認し右弁済額金二百三十万円及びこれに対する完済までの遅延損害金の支払を求めると、主張した。

被告株式会社横浜銀行は答弁として、被告銀行は昭和三十一年十一月一日以降破産会社と預金及び金融上の取引を継続して来たが、両者の取引は順調に行なわれ第三者への支払にもこと欠くことはなかつたので、被告銀行は破産会社に対し一度も不安を感じたことはない。ところで、破産会社は被告銀行から営業上の資金を借り受けるについては慣行として破産会社が取引先から受領する工事請負代金等を引当となし、その方法として、破産会社は右代金の受領権限を被告銀行に委任し、被告銀行の同意なくしては単独に右委任を解除しないこととしていたのであり、原告主張の六口合計二百三十万円の手形借受金についてもまた、原告主張の神奈川県に対する県課長公舎の新築工事代金を引当とし、その趣旨を以て、破産会社は被告銀行に対しその代理受領の権限を委任していたのである。従つて、被告銀行がかような権限に基いて他から受領した金員を破産会社に交付すべき債務と予めこれと引当にされた自己の破産会社に対する貸付金債権とを対当額で相殺しても、これは前記のような契約上の当然の権利行使であり、特に破産会社が被告銀行のみの利益を図ることを目的とするものではないから、これを以て他の債権者を害するものということはできない。

昭和三十三年六月二十七日被告銀行は神奈川県から破産会社に代り前記工事代金四百四十三万円を受領したので、破産会社代表取締役持田巧治との合意により、かねての約旨に基いて前記手形貸付債権の元利金と右代理受領の金員交付の債務とを対当額で相殺することとし、右代理受領にかかる金員が一応被告銀行における破産会社の当座預金口座に記帳されていた関係上、被告銀行は持田から、手形貸付元利合計金二百三十万九千五百七円を額面とする被告銀行宛小切手一通の振出を受け、被告銀行は持田に対し右貸付金関係の約束手形六枚を返還して書類上の手続を完了した。右相殺により手形貸付金の処理が完了した後、持田は改めて被告銀行本牧支店長渋谷良雄に対し、破産会社の請負工事はここで一段落ついたから同会社の諸支払を一切済ませてアパートを建築し、その収入で老後を過す考であるとの理由の下に預金全部の解約を申し出たので、渋谷はこれに同意し、原告主張の如く預金残額全部の払戻をしたのである。従つて、持田の右行為を以て支払停止と解することはできない、と主張して争つた。

理由

訴外有限会社持田工務所は土木建築の請負を業とすることを目的として設立されたものであることは当事者間に争がなく、証拠によれば、同会社は昭和三十三年八月十八日訴外株式会社津の国屋材木店他三名のものから破産の申立を受けたことを認めることができ、昭和三十四年一月三十日同会社が横浜地方裁判所において破産の宣告を受け、原告がその破産管財人に選任されたことは当事者間に争いがない。

そして、証人持田巧治の証言によれば、破産会社は昭和二十二年十一月頃設立されたが、昭和二十九年十一月頃以降は業績が上らず損失を重ね、昭和三十三年六月十日頃以降は支払不能の状態となつていたことを認めることができる。

次に、破産会社は昭和三十三年六月二十七日神奈川県から県課長公舎新築工事代金四百四十三万円を受領し、又同日被告銀行本牧支店においた、被告銀行に対する原告主張の定期預金四口、月掛定期積金一口、普通預金一口及び当座預金並びに手形貸付契約等を全部解除し、清算の結果、これらの元利合計金二百四十一万千五百七十七円の払戻を受けると共に、神奈川県から支払を受けた前記金四百四十三万円の一部を、当時破産会社が被告銀行に対し負担していた原告主張の合計金二百三十万円の手形借受金債務に充当したことは当事者間に争がない。

しかしながら、被告銀行の破産会社に対する原告主張の六口合計金二百三十万円の貸付金は何れも破産会社の神奈川県に対する県課長公舎の新築工事の代金の支払請求権を引当としてなされたものであり、そのため被告銀行の本牧支店長渋谷良雄は破産会社から右代金受領を委任されていたこと、右代金の支払は昭和三十三年六月二十七日被告銀行の代理受領の権限に基き右金額を県金庫から先ず県庁建物内にある被告銀行派出所に振込み、次いで同派出所から被告銀行本店に振込んだ後、更に電話連絡により同本店から被告銀行本牧支店に振り込む方法により行なわれたこと、そこで、被告銀行では県から支払われた前記金四百四十三万円を破産会社の当座預金に繰り入れ、同時に右支払が為されたことを破産会社に通知すると共に、右金員の一部を以て前記貸付金の決済を受けるため係員の来店を求め、これに応じて来店した破産会社の代表取締役訴外持田巧治は渋谷に対し、前記手形借受金支払のためその元利合計額に相当する金二百三十万九千五百七円の小切手一通を振り出し、これと前後して、破産会社はその経営状態の悪化を理由として被告銀行との取引関係の解除を求めたので、被告銀行では破産会社との間の定期預金、月掛定期積金、普通預金及び当座預金、及び手形貸金等の各契約を解除し、右積金及び預金の現在額全部の払戻をなしたことを認めることができる。

そして、右事実によれば、被告銀行と破産会社との間の手形貸付金の決済は当事者の合意により現金の移動を伴わず書類上操作により、破産会社の当座預金と手形貸付金とを対当額において消滅せしめることとしたものであるから、これを以て法律上合意による相殺がなされたものと認めるのが相当である。ところで、破産者の債権者が破産宣告前において破産者に対して負担する債務となす相殺は破産宣告後の相殺との均衡上破産法第百四条第一号に準ずる場合を除き、否認の対象とならないと解すべきところ(もつとも、債権者の債務負担行為が破産者の詐害意思に基づくものであり、該行為が否認された結果受働債権が当初から存在しないこととなり、相殺がその効力を失う場合は格別である)、本件において破産会社の被告銀行に対する取引関係解消の申入が仮りに被告主張のように支払停止引受に該当したとしても、被告銀行が神奈川県の破産会社に対する県課長公舎新築工事代金の支払を代理受領することの委任を受け、該委任に基き右金員を受領し、これを破産会社の当座預金の口座に振り込んだ行為は、悉く、右支払停止に先だつことは前記事実関係により明らかであり、破産法第百四条第一号の規定する場合に準ずるものと解する余地がないから、前記破産会社と破告銀行との間になされた相殺は破産会社の詐害意思に基くこと又はその支払停止後になされたことを理由とする否認の対象とならないものと解するのが相当である。

よつて原告の本訴請求はその他の点について判断をなすまでもなく失当である。

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